形こそすべて(円形劇場開幕)

アーティストの久保田です。

  10年前ある本で読んだ白洲正子の「形こそすべて」という言葉に私はずっと引っかかっていました。西行の「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」という言葉が好きだった正子。目に見えるものの裏側にある畏怖と美しさを見出し続けた彼女が、なぜ「形こそすべて」と言い切ることができたのか長らく不思議に思っていました。

※10年前に書いた「形こそすべて」のメモ


しかし2017年からの倉吉滞在でようやくこの言葉の意味をつかみかけている気がしているので、今あらためてこの体験を振り返ってみようと思います。


今回滞在制作を行わせて頂いている「明倫AIR」というプログラムが生まれたきっかけは鳥取県倉吉市にある旧明倫小学校、現存日本最古の円形校舎の存在でした。
※明倫AIRで滞在制作した新作

老朽化した円形校舎を残す活動のうちの一つとして、この明倫AIRというプログラムは立ち上がりました。晴れて今年の春より円形劇場という名前でフィギュアミュージアムに生まれ変わります。


不思議な形のこの校舎は建築家、坂本鹿名夫が考案した建造物です。廊下や壁、建設費用、建築面積などを軽減し、最も経済的に造ることを信念としてつくられた校舎でした。また光や風の出入りがしやすく、円形であったからこそ卒業生から聞き取れる在学時のエピソードもユニークなものばかりです。必然的に特異な形になったこの校舎は、今でもたくさんの人々に愛され続けています。

※かつての校舎内の風景
※まるでアンモナイトのよう


  鳥取県で印象的な形の建造物と言えば、断崖の窪みに建つ三徳山の投入堂を思い浮かべる人も少なくないかもしれません。円形校舎と同様、なぜあの形でなくてはならなかったのか、誰しも一度は不思議に思うかもしれません。

※投入堂(三徳山三仏寺奥院)

投入堂の裏には岩の割れ目があり、湧き水が出ていると聞きました。日本一危険な国宝としても知られている険しい三徳山に守られながら、麓までの水は聖域の中で清く保たれていました。そして山の神、里の水源地として信仰されていたこの水は、ここ倉吉にも流れています。倉吉市には水害の歴史が長くあり、水路や川が多く氾濫することによって疫病に苦しめられることもしばしばでした。そのような時でも聖域には清らかな水があるということが、当時苦しんでいた人々をどれほど救っていたことでしょうか。私はそんな聖域を象徴しているかのような投入堂の異様なたたずまいに強く胸を打たれました。防波堤が作られて以来、人々の生活は水害や疫病から守られています。いまこうやって安心して暮らせるようになるまでの道のりは想像を絶するほど長いものだったでしょう。

  一方で、防波堤が作られることにより、シオクグという塩性湿地に生える植物がひっそりと失われていたことを知りました。そのシオクグを使って作られていたクグ蓑はかつての農家の嫁入り道具でもありましたが、現在では作ることができません。そしておそらくシオクグは、かつてここが海であったことを示す貴重な植物のうちのひとつでした。

※シオクグ
※長谷川富三郎作品「源三語録」のなかのクグ蓑の姿のリサーチ中にシオクグの存在に気がつきました。

※倉吉博物館で展示中の蓑

※クグ蓑の存在を教えてくださった山陰民具の田村さん(田村さんも昔はクグ蓑を背負っていたそうです)


「形をつくる」ということはやっぱりものすごいことなのです。例えば私たちの手も、はじまりはひとつの塊でした。出産までに胎内で少しずつ指の間の細胞が死んでいき、やがて手のひらの形に定まります。自分の一部を失うことで、自分の形が出来上がっていくのです。つまり形をつくるということは、何かを「分ける」ということそのもののように思えます。それは精神的に何かを「分かる」ということと似ています。「分ける/分かる」ということは、出来事を安心する形に整えることと、目に見えない何かを失うことが常に隣合わせの状態なのかもしれません。


水路がかたどる街の形。約300年ものあいだ伐採から守られた打吹山の独特な輪郭。川で流されたかもしれないお地蔵さんのまろやかな手触り。シオクグやかつての海の気配をまといながら、人々は形とともに力強く生きていきます。


当たり前のような風景はすべて人間と土地の切実な時間の結晶体なのだと感じます。それらひとつひとつの土地の物語は、形なくしては語ることができません。そんな多重な意味を一度にしめす「形こそすべて」という言葉を、わたしは倉吉に滞在することでやっと受け止めることができたような気がします。


円形校舎が形を愛するフィギュアミュージアムとして新たに生まれ変わることは、とても喜ばしいことです。「フィギュア」の語源はラテン語の「形」。愛される形には理由があり、形を愛でることで生きる強度もまた変わっていくということを、この不思議な丸い建物とフィギュアたちがおしえてくれるのではないでしょうか。
円形劇場が、すべての愛しい形に血を宿す、この街の心臓になる日を願っています。

この場を借りて、明倫AIR2017を支えてくださったみなさまに心から感謝いたします。今年度残り少ない滞在日となりましたが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

久保田沙耶

明倫AIR2017

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